SNS運用業者と委託者との間でアカウントの管理権限の帰属が争われた事例

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SNS運用業者と委託者との間でアカウントの管理権限の帰属が争われた事例

はじめに

企業の広報活動やコンテンツマーケティングの一環として、YoutubeやXなどのビジネスアカウントの開設や運用を、外部の業者(いわゆる運用代行)に委託することがあります。

委託する側の企業からすれば、自社のビジネスアカウントの運用を委託しているのですから、自社に管理権限があると思うのが自然ですが、委託企業と業者との間でアカウントの管理や運用、引き継ぎなどの場面で争いとなった場合に、法律上は必ずしも委託者側に権限ありと判断されるわけではありません。

東京地裁令和5年2月10日判決1は、Youtube上に自身が出演するチャンネルの開設や自身が出演する動画の編集、アップロードを依頼した弁護士(原告)と、その業務を受託した(被告)との間の事件です。

事案の概要

原告は、被告がこのYoutubeチャンネルに紐づくGoogleアカウントのパスワードを原告の承諾なく変更したことにより、原告の権利を違法に侵害したとして、不法行為に基づく損害賠償請求をしました2

原告が主張した損賠賠償請求の内容は、パスワード変更により新たなYoutubeチャンネルの開設と旧チャンネルから新チャンネルへのデータの移管が必要となったことによる費用や、既存のチャンネル登録者数がリセットされたことなどによる経済的損失です。

事案の経緯は以下のとおりです。

裁判所の判断

被告会社によるパスワード変更によって原告の権利が侵害されたというために、前提として、原告に「本件チャンネルを運営し集客する利益及び作成した動画を自由に編集し管理する権利」、つまり管理権限があることが必要になります。そのため、裁判所は、不法行為の成否の判断の前提として管理権限の所在について判断しました。

 本件チャンネルは、被告会社名義の本件アカウントに紐づくものとして被告代表取締役が作成したものであること…被告代表取締役が本件アカウントのパスワードを変更するまでの間、本件アカウントにログインし、本件チャンネル上で動画をアップロードしていたのは被告代表取締役であったこと、他方、原告による本件チャンネルの具体的な管理行為があったとはうかがわれないこと…原告は、被告代表取締役が本件アカウントのパスワードを変更した後ではあるが、本件契約書を作成し、被告会社が本件チャンネルを含む本件アカウントの「所有者」であることを確認していることからすると、被告代表取締役が本件アカウントを作成した時点から、本件アカウント及びこれに紐づくチャンネルの管理権限は被告会社にあったと認めるのが相当である。
 そして、本件チャンネルの管理権限が被告会社にある以上、原告が「本件チャンネルを運営し集客する利益及び作成した動画を自由に編集し管理する権利」を有していたとはいい難く、被告らによる本件アカウントのパスワード変更が原告の権利を侵害することにはならない。
 したがって、被告らが本件アカウントのパスワードを変更したことにより、原告の権利が侵害されたとは認められず、よって、この点に係る不法行為は成立しない。

検討

アカウントに「所有権」はない

ウェブサービスの利用規約などにおいて、アカウントの管理権限や管理者のことを、アカウントの「所有権」「所有者」などということがあります。

確かに、ウェブサービスのアカウントは、特定ユーザーのみがサービスを利用できるようにするための仕組みであり、利用規約上もサービスの設計上も、特定のユーザーしかログインできないようになっているので、排他的権利である所有権と類似する面があります。

しかし、あくまで法律上、所有権は有体物を対象とする権利であるため(民法85条)、アカウントは所有権の対象とはなりません。無体物を対象とする排他的権利としては著作権や特許権がありますが、アカウントはユーザーの著作物でも発明でもないので、これらの対象ともなりません。

アカウントの法的性質は、ウェブサービスを利用することができる債権又は契約上の地位ということになります。そのため、例えばYouTubeなどのアカウントの譲渡は、基本的に利用契約上の地位の移転と整理することができます。

本判決も、被告が原告の承諾なくパスワードを変更したことにより原告はアカウントを利用できなくなったという原告の主張を、アカウントの「所有権」の問題ではなく、原告が本件チャンネルを運営し集客する利益及び作成した動画を自由に編集し管理する権利の問題と整理しています。

その上で、原告に「本件チャンネルを運営し集客する利益及び作成した動画を自由に編集し管理する権利」(以下便宜的に「管理権限」といいます。)がないのであれば、被告が原告に無断でパスワードを変更したことによって原告が本件チャンネルを利用できなくなったとしても、原告の利益を侵害していることにはならない(不法行為が成立しない)ため、裁判所はまず管理権限が原告にあったか否かを判断しているのです。

本判決の判断要素の分析

本判決は、上記のとおり、以下4つの点から管理権限は業者側にあったと判断しています。

上記4点は並列的に列挙されており、しかも、いずれも「管理権限が被告側に帰属する」という同じ方向で評価される事情であるため、各事情の重みづけや論理関係は明らかではありません4

本件と異なり評価の方向性が不揃いの場合、例えば、アカウントは業者側が開設したが(①)、業者側・委託者側双方が随時ログインして動画の投稿や設定変更を行っており(②③)、契約書に管理権限の所在が記載されていない(④)といった場合にどのような判断となるか、本判決から予測することは困難です。

また、本判決では明示的には考慮されていないものの、一般的には業者への委託の趣旨・経緯5も判断に影響を与えうる要素と考えられます。

そのため、本判決で示された各事情は、管理権限の帰属の判断の際の一応の考慮要素と考えておくのが穏当です。

実務上の対応

本判決では契約違反については判断されていないことに注意

本判決は上記のとおり管理権限の帰属を判断したものですが、あくまで不法行為の前提として判断しているのであって、債務不履行責任(契約違反)は判断していないという点に注意が必要です。

仮に上記①②③④の事情から管理権限が受託者にあると判断されるような事案であっても、受託者から委託者にパスワードを共有し、動画投稿や設定変更などの一定の権限を付与することや、受託者が制作した動画のデータを委託者に引き継ぐことを直接合意していたのであれば、受託者がパスワードを独断で変更し委託者がログインできない状態にしたり、データを引き継がなかった場合は、管理権限の帰属の問題とは別に、端的に契約違反の問題として、損賠賠償請求が成立する余地があります。

したがって、本判決の事例のように、委託者と受託者との間でいずれに管理権限があるかをめぐって現に争っている段階では、契約書の有無・内容のほか、アカウントの開設、管理、利用を誰が行っていたのかといった事実関係を確認、検討することになります。

予防策は結局、契約書への明記

また、これからSNSの運用を委託しようとする段階では、そのようなトラブルを回避するための現実的な方策としては、やはり「契約書に明記する」ということになります。

その際は、「アカウントの管理権限は委託者(受託者)に帰属する」といった抽象的な定め6だけでなく、各当事者が何を行うことができ、行ってはいけないのかなどを具体的に定めることが肝要です。

契約書に定める事項の例

弁護士 玉川竜大

  1. 東京地裁令和5年2月10日判決(令和3年(ワ)第31866号、令和4年(ワ)第10945号) ↩︎
  2. 他に、被告による原告の肖像権侵害、被告の原告に対する未公開動画のデータの引渡義務の不履行、原告による被告に対する名誉棄損の成否などについても争われていました。 ↩︎
  3. アカウントに法律上の「所有者」はないものの、法律論を離れた一般的な意味からすれば、契約当事者は、管理権限を持つ者という意味で「所有者」という記載をしたのだと理解できます。 ↩︎
  4. 例えば、「本件チャンネルを運営し集客する利益及び作成した動画を自由に編集し管理する権利」(管理権限)は、あくまでGoogleとの契約に基づくサービス利用権であることからすれば、Googleとの利用規約に同意した者=アカウント開設者に管理権限があると考えるのが論理的といえそうです(事情①が重要)。他方で、契約自由の原則に照らせば、当事者間で管理権限や利用権限について合意していたのであれば、アカウントは契約上のサービス利用権に過ぎないという法的性質にかかわらず、その合意内容によって管理権限の帰属が決まると考えることもできます(事情④が重要)。 ↩︎
  5. 委託の趣旨・経緯については、判決文によれば、本件の原告が自らまたは自らの法律事務所の広告宣伝のためにYouTubeチャンネルの開設や動画制作を委託していることは争いがないようです。そうであれば、原告の業務委託時の認識としては、「本来自ら随時自由に本件チャンネルを管理、利用できるはずであり、ただその業務を得意とする被告に委託しているに過ぎない」と考えるのが自然であり、このことは、管理権限が原告に帰属するとの方向で考慮されるべき事情のように思われます(もっとも、本件の判決文では言及されていない。)。 ↩︎
  6. あらかじめ具体的な取り決めをするにも限度があり、将来契約書に具体的に記載されていない事態が生じた場合は、抽象的な定めにしたがって判断せざるをえないため、「管理権限は委託者(受託者)に帰属する」といった抽象的な定めを置くことにももちろん意味はあります。 ↩︎
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