本人名義と架空名義の両方を使用した副業の売上~令和5年1月27日裁決~
悪事や欠点の一部を隠して全部を隠したつもりでいる様子を「頭隠して尻隠さず」と言いますが、事実の一部を隠して、ほかの部分を隠していなかった場合、重加算税の要件である隠蔽・仮装行為に該当するのでしょうか。
令和5年1月27日裁決1は、副業禁止の会社に勤める納税者が、会社に知られないように偽の社名と代表者名義を使って、F社が運営するサイト上(ネットショップを出店するためのシステムを提供するプラットフォーム事業者であると思われます。)でショップを開設し、輸入品を出品、販売して所得を得ていたものの、確定申告をしていなかった事例です。
課税庁は、ネットショップのプロフィールにおいて納税者(審査請求人)が架空の社名を使用し、代表者名義として納税者の母の姓名を使用していたことから、隠蔽仮装行為ありとして重加算税を課す処分をしたのに対して、納税者が処分の取消しを求めて審査請求をしました。
審判所は、ネットショップのプロフィールには請求人自身の連絡先を提示していたこと、代金の回収や輸入品の仕入れは請求人本人の名義で行っていたことから、隠蔽仮装行為はないとして、処分を取り消しました。
【審判所の判断】 …確かに、請求人の姓と、請求人の母の姓は同一であって、出品者プロフィール画面には、代表者名として、請求人の母の姓名が記載されていること、発送伝票の記載には請求人の姓のみを記載し、メール等でも請求人の姓のみを名乗って対応していたこと、出品者プロフィール画面において、請求人のフルネームが記載されたことはなかったことからすると、かかる記載等をすることが、顧客に対し、本件ネット販売を請求人ではなく請求人の母が行っているかのように誤認させる行為となっているとも言い得る。 しかしながら、請求人は、一方で、上記のとおり、顧客からの問合せ先として請求人自身のメールアドレスを表示し、出品者プロフィール画面や顧客への発送の際の発送伝票に請求人携帯番号を記載し、また、当該発送伝票の依頼主の住所に請求人自身の住所地を記載して…顧客に対しても、請求人の母ではなく、請求人自身が本件ネット販売を行っていることを示す行為をしていること、上記…のとおり、商品の出品及び顧客への引渡しの前後で行われた商品の仕入れやF社を通じての売上代金の回収において、一貫して、請求人の実名で取引を行い、請求人本人名義の口座を用いていたことからすると、商品の出品及び顧客への引渡しの段階において、上記のように請求人の母の姓名を記載したり請求人の姓のみを記載したりしていたことをもって、直ちに請求人が本件ネット販売を行っていることを隠した又は請求人の母が本件ネット販売を行っているかのように装ったと評価することはできない。 また、出品者プロフィール画面の出品者の正式名称欄等に、実在しない会社名を記載することや従前契約していたバーチャルオフィスの住所地を記載し続けていたことについても、特定商取引法等の問題は別にして、上記で述べたのと同様に、請求人携帯番号や請求人のメールアドレスの表示等、請求人自身の表示・記載をしている部分もあることなどからすると、このような会社名の使用等をもって、直ちに本件ネット販売に係る取引上の名義を隠す、あるいは、他人と偽る行為であるということはできない。 …以上のことからすると、請求人は、商品の仕入れ、商品の出品や顧客への引渡し、F社を通じての代金回収といった本件ネット販売の各取引段階において、取引上の名義に関し、あたかも請求人以外の者が取引を行っていたかのごとく装い、故意に事実をわい曲するなどの仮装行為を行っていた又は請求人に帰属する本件ネット販売の売上げを秘匿する等の隠蔽行為を行っていたと認めることはできない。そして、他に、請求人が本件ネット販売に係る売上げを隠蔽し、又は売上げが請求人に帰属しないかのごとく取引名義を仮装したことを示す証拠は見当たらない。 したがって、本件ネット販売において、課税標準等又は税額の計算の基礎となる事実の隠蔽又は仮装の行為があったとは認められず、請求人に、通則法第68条第2項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったとは認められない。 |
検討
重加算税における隠蔽・仮装要件
重加算税は、納税者が隠蔽・仮装という不正手段を用いた場合に、重い制裁を科することによって悪質な納税義務違反の発生を防止し、申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものです。
過少申告・無申告・不納付それぞれについて、計算の基礎となる税額の35%、40%、35%と定められています。
国税通則法第68条第2項 第六十六条第一項(無申告加算税)の規定に該当する場合…において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽し、又は仮装したところに基づき法定申告期限までに納税申告書を提出せず、又は法定申告期限後に納税申告書を提出していたときは、当該納税者に対し、政令で定めるところにより、無申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額…に係る無申告加算税に代え、当該基礎となるべき税額に百分の四十の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税を課する。 |
事実の隠蔽とは、売上除外、証拠書類の廃棄等、課税要件に該当する事実の全部または一部を隠すことをいい、事実の仮装とは、架空仕入・架空契約書の作成・他人名義の利用等、存在しない課税要件事実が存在するように見せかけることをいいます2。つまり、隠蔽・仮装とは、事実と異なる外観を作出することだといえます。
本裁決も、「確かに…顧客に対し、本件ネット販売を請求人ではなく請求人の母が行っているかのように誤認させる行為となっているとも言い得る。」という記載や、「直ちに請求人が本件ネット販売を行っていることを隠した又は請求人の母が本件ネット販売を行っているかのように装ったと評価することはできない。」という記載から、「外観」がどのようなものであったかを評価していることが分かります。
「誰に対する」隠蔽・仮装の問題か
隠蔽・仮装が外観の問題である以上、誰に対する外観をもって事実と異なると判断するのかが問題となります。
この点につき一般的な基準や考え方を示した裁判例や裁決例は見当たりませんが、重加算税の制度が適正な徴税の実現にあることからすれば、特定の関係者の視点に限らず、課税庁(及び事後的に課税の適法性を判断する審判所・裁判所)の視点から課税要件に関する事情全体客観的に見て、不実の外観となっているか否かで考えるのが自然なように思われます。
本件では、納税者の関係者として仕入先・顧客・F社の三者が登場しますが、本裁決が「請求人は、商品の仕入れ、商品の出品や顧客への引渡し、F社を通じての代金回収といった本件ネット販売の各取引段階において、取引上の名義に関し、あたかも請求人以外の者が取引を行っていたかのごとく装い、故意に事実をわい曲するなどの仮装行為を行っていた又は請求人に帰属する本件ネット販売の売上げを秘匿する等の隠蔽行為を行っていたと認めることはできない。」と述べているのも、特定の関係者の視点のみで見るわけではなく、全体を見るという趣旨であると考えられます。
どのような事情が重視されるのか
次に、全体を客観的に外観を見るとして、どのような事情を重視すべきかも問題となります。
本裁決は、①仕入先に対する表示、②顧客に対する表示、③プラットフォーム事業者に対する表示のいずれについても、隠蔽・仮装に該当しない方向で評価しているため、これらの事情の優先度は問題となりませんでしたが、仮に、例えば①③に対して架空名義を用い、②に対しては真実の名義を用いていた場合はどのように判断されたのでしょうか。
審判所がこれらの事情のうちいずれを重視したのかは本裁決からは明らかではありませんが、一つの考え方として、以下のように整理することができます。
まず、隠蔽・仮装とは、課税要件事実について事実と異なる外観を作出することですから、どの課税要件事実に対する隠蔽・仮装該当性が問題となっているのかを踏まえる必要があります。本件において隠蔽該当性が問題となっている課税要件事実は、(経費ではなく)売上の帰属であるため、売上に係る外観がより重要になると考えられます。
本件は、請求人と購入者の直接の取引ではなく、プラットフォーム事業者を介した取引であるため、売上金は購入者→プラットフォーム事業者→請求人という流れになっています。
そうすると、売上の帰属についての隠蔽・仮装行為があったか否かについては、実際に出店者である請求人に売上金を送金する③プラットフォーム事業者との関係が、最も関連性が強く重要な事実ということができそうです。
国税庁の事務運営指針について
国税庁の内部通達である「申告所得税及び復興特別所得税の重加算税の取扱いについて(事務運営指針)3」では、重加算税の賦課基準として以下のように定めています。
1 通則法第68条第1項又は第2項に規定する「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し」とは、例えば、次に掲げるような事実(以下「不正事実」という。)がある場合をいう。 (略) ⑶ 事業の経営、売買、賃貸借、消費貸借、資産の譲渡又はその他の取引(以下「事業の経営又は取引等」という。)について、本人以外の名義又は架空名義で行っていること。 (略) |
本件における納税者は、少なくとも出品者プロフィールにおいて請求人の母と存在しない会社の名義を用いていたので、形式的には事務運営指針⑶の場合に該当しており、課税庁はこれを理由4に重加算税を賦課する判断をしたものと思われます。
しかし、事務運営指針は、帳簿や契約書の破棄改ざん、架空名義の使用のような、課税要件事実との関連性が強いため通常隠蔽・仮装に該当する行為を列挙したものにすぎず、ここで列挙されている行為があれば必ず隠蔽・仮装に該当するという趣旨ではないと考えられます。本裁決は、このことを確認するものとなっています。
勤務先に副業を知られないようにするためという目的は考慮されていない
ところで、本件の納税者が偽の会社と母親の名義を使って出店していたのは、税を逃れるためではなく、副業禁止の勤務先に副業をしていることが知られないようにするためでした。
しかし、重加算税を課すためには、隠蔽又は仮装行為による事実に基づき無申告であった事実があれば足り、納税者の税を免れる意図は不要と解されています5。本裁決でも、税を逃れる目的がなかったことを理由に隠蔽・仮装に当たらないと判断しているわけではないことに注意が必要です。
まとめ~不実と真実が混在する場合の隠蔽・仮装の考え方~
このように本裁決を見てくると、不実と真実が混在する事案においては、隠蔽・仮装行為の有無について以下のように考えることができます。
- 一部の事実のみあるいは一部の関係者との関係でのみ不実の外観を作出したとしても、それだけで隠蔽、仮装にあたるわけではない。取引全体を客観的に見て不実の外観となっているか否かによって判断される。
- その判断にあたっては、隠蔽・仮装該当性が問題となっている課税要件事実との関連性の強い事実・資料について、事実に反する外観を作出しているかが、重要な考慮要素となる。
(弁護士 玉川竜大)
- https://www.kfs.go.jp/service/JP/130/03/index.html ↩︎
- 金子宏『租税法』第24版914頁 ↩︎
- https://www.nta.go.jp/law/jimu-unei/pdf/02.pdf ↩︎
- 本裁決の「当事者の主張」によれば、課税庁は、売上代金を受領していた預金口座などのプロフィール情報以外における名義について、請求人の主張に対して何ら反論していなかったようです。このことからすると、本件での課税庁は、事務運営指針⑶に該当すればそれ以外の事情は関係なく必ず隠蔽・仮装に該当すると考えていたのかもしれません。 ↩︎
- 最判昭和62・5・8訟月34・1・149、平成23年6月3日裁決(https://www.kfs.go.jp/service/JP/83/02/index.html) ↩︎