「経費の不存在は税務署側が証明してください」は効果的な戦略か~証明責任の所在~

税務調査や審査請求・税務訴訟の場において、経費や損金を否認しようとする課税庁に対して、納税者側の反論として「課税要件の証明責任は課税庁にある。経費が存在しないというのであればそれを証明してください。」と言えばよいとの意見をときどき見聞きします。
今回は、この主張の戦略的な効果と納税者がとるべき対応について検討してみたいと思います。

目次

証明責任とは

「証明」「責任」という単語だけを見ると、一方当事者が証拠を提出しなければならない義務のことだと思えるかもしれませんが、税法を含む法律の世界での証明責任(立証責任ともいいます。)の意味は少し異なります。
証明責任とは、

ある事実が存否不明のときに、その事実を要件とした自己に有利な法律効果の発生が認められないことになる一方当事者の負う不利益

のことをいいます。

税務訴訟に限らず、裁判所の判断プロセスは、法律を適用するために必要な要件(条件のこと。)に該当する事実(要件事実といいます。)を証拠によって認定し、その事実に法律を適用して、法的な結論を出すというものです。

しかし、事案によっては、要件事実が存在していたのか否か、裁判官が証拠から心証を得ることができない場合もあります。そのような場合でも、裁判官は判決をしなければなりませんので、要件事実が存否不明の場合にいずれの当事者の主張を認めるのかのルールが必要です。このルールを、証明責任の所在ないし分配といい、ある要件事実の存否が不明の場合に自らの法的な主張(法的効果)が認められなくなることを「証明責任を負う」といいます。

「証明」「立証」「責任」という言葉それぞれの意味からすると、一方当事者が証拠を提出しなければならない義務のようにも思われ、裏を返せば、相手方当事者は証拠を提出しなくてよい(しなくても勝訴できる)かのように思えてしまいますが、そうではなく、一義的には、あくまで事実が存否不明の場合に一方当事者が負う不利益のことを証明責任と言うのです。

もちろん、証明責任を負う当事者は、要件事実が存否不明になると自己に有利な法律効果が認められなくなってしまう(≒敗訴してしまう)ので、それを避けるために証拠を積極的に提出することになりますが、証明責任を負わない当事者も、必要に応じて積極的に証拠を提出しなければ、要件事実が「存在する」と判断され、相手に有利な法律効果が認められてしまうのです。

課税処分における証明責任の所在

では、課税処分の要件事実、とりわけ経費の存否についての証明責任は、納税者と課税庁のどちらにあるのでしょうか。

課税処分の要件事実の証明責任の所在については、複数の見解があるものの、いずれの見解によっても原則1として課税庁が証明責任を負うと考えられており、多くの裁判例もこれによっています。

課税処分の要件事実のうち所得については、最高裁2

所得の存在及びその金額について決定庁が立証責任を負うことはいうまでもないところである。

として、所得の存在及びその金額については課税庁が証明責任を負うことを明らかにしています。

この考え方によれば、まず、所得を構成する売上の事実については、課税庁が証明責任を負うことになります。そのため、課税庁が、納税者の申告した以上に売上が存在すると主張する場合は、課税庁が、売上の存在について証明責任を負うのですから、納税者としてはその証拠の提示を求めるのが基本的な立場となるでしょう。

では、本記事の冒頭に登場する、経費や損金はどうでしょうか。経費や損金についても、多くの裁判例は課税庁がその不存在(課税庁が主張する金額を超えて存在しないこと)について証明責任を負うと判断しています。

例えば、原告(納税者である企業)が、他社と共同して不動産の仲介をし、原告が一括して受領した仲介手数料の一部を他社に支払ったとして、この手数料を損金の額に算入して法人税の申告をしたところ、被告(国)から、この手数料は共同仲介の事実がないのに支払われたものであるとして、損金への算入を否定され、更正処分を受けたため、その取消しを求めて提訴した事案3において、裁判所は以下のように判示しています。

所得を構成する損金の額については、本来、被告が主張、立証責任を負うべきものであるから、具体的な支出が損金の額に算入されるべきか否かが争われている場合には、被告において、その主張額以上に損金が存在しないことを主張、立証すべきである。これを、本件に則していえば、被告は、本件金員には原告の業務との関連性がないから損金の額に算入することができないこと、すなわち、本件金員は、原告とライベックスが共同して本件仲介をしたことにより、原告が本件受取手数料をライベックスに分配したものであるという事実が認められないことについて、主張、立証すべきこととなる。

したがって、この事案でいえば、課税庁が手数料と業務の関連性が存在しないことについて証拠を提出して証明しなければ、課税庁が主張する額を超える手数料の否認という法律効果は認められないことになります。

このように見てくると、冒頭にあげた「経費が不存在だというならば、税務署側が証明してください」という主張は、裁判例の立場に即しており、特に、調査担当者が証明責任の所在を意識することなく経費・損金の否認を示唆してきたような場合には、まずは効果的な戦略ということができそうです。

証明責任を負わない納税者は証拠を提出しなくても勝訴できるのか

しかし、上記裁判例の示した損金の立証についての考え方には、まだ続きがあります。

もっとも、被告は損金の存否に関連する事実に直接関与していないのに対し、原告はより証拠に近い立場にいること、一般に、不存在の立証は困難であることなどにかんがみると、更正時に存在し、又は提出された資料等をもとに判断して、当該支出を損金の額に算入することができないことが事実上推認できる場合には、原告において、右推認を破る程度の具体的な反証、すなわち、当該支出と業務との関連性を合理的に推認させるに足りる具体的な立証を行わない限り、当該支出の損金への算入は否定されるというべきである。

つまり、損金についても、証明責任は課税庁が負うが、提出された証拠等からして、問題となっている支出が存在しない、あるいは業務との関連性がない蓋然性が高いと考えられる場合は、証明責任を負わない納税者側が具体的な証拠を提出しない限り、存否不明にならずに不存在と判断されるということです。

この裁判例では、支出と業務の関連性の存否が問題となりましたが、貸倒損失や簿外経費などの経費・損金についても、裁判例は、証明責任は課税庁にあるとしつつ、納税者が経費・損金性を裏付けるある程度の証拠を提出しなければ、経費・損金の存在は認められないとしています4

これらの裁判例の考え方は、冒頭でみた証明責任の意味に照らしても矛盾なく理解することができます。証明責任とは、あくまである事実が存否不明の場合にいずれの当事者を負かせるかという問題にすぎません(≠証明責任を負わない当事者は証拠を提出しなくても自己の主張が認められる)。課税庁が経費の不存在をうかがわせる相当の証拠を提出しているのに、納税者が経費の存在をうかがわせる証拠を提出しなければ、その経費は存否不明ではなく不存在と考える方が自然ですから、端的に、課税庁が証明責任を果たしたと認められることになります。

納税者が敗訴した裁判例や国税不服審判所の公表裁決を見ると、納税者が「課税庁は証明責任を負っているのにこれを果たしていない」との主張に尽きてしまっており、自ら積極的に立証活動を行っていなかったことが伺われる事案があります。

納税者としては、証明責任を負わないからといって、少なくとも課税要件事実を存否不明にする程度の質・量の証拠を提出しなければ、課税庁の提出した証拠のとおり課税要件事実が認められてしまう可能性があるということに、注意しなければなりません。

税務調査段階で納税者がとるべき対応

税務調査段階でも、納税者の採る基本的な考え方や対応は審査請求や訴訟の場合と変わりません。これまで見てきたとおり、裁判所の基本的立場は、経費・損金についてはその不存在につき課税庁が証明責任を負うが、課税庁が経費・損金の不存在をうかがわせる相当の証拠を提出している場合は、納税者としても具体的な立証活動を行う必要があるというものでした。

そのため、納税者の意に反して経費・損金につき疑義を呈されたときは、まずは、調査担当者が証明責任の所在を意識していないと思われる場合は証明責任が課税庁側にあることを指摘し、そのうえで調査担当者の主張の根拠の説明を求めること、根拠が不十分な点は指摘反論すること、そして、納税者側からも経費・損金性の裏付けとなる証拠を提示していくことが求められます。

弁護士 玉川竜大



  1. ただし、加算税についての「正当な理由」(国税通則法65条4項1号、66条1項但書、67条1項但書)や、いったん有効に確定した税額を自己に有利に変更することを求める更正の請求の場合は、例外的に納税者が証明責任を負うと考えられています。 ↩︎
  2. 最高裁昭和38年3月3日判決(訟務月報9巻5号668頁) ↩︎
  3. 東京地裁平成6年9月28日判決(税務訴訟資料205号653頁) ↩︎
  4. 貸倒損失につき仙台地裁平成6年8月29日判決(訟務月報41巻12号3093頁)、簿外経費につき東京地裁昭和52年7月27日判決(訟務月報23巻9号1644頁) ↩︎
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